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この話は、三平の5年目の話です(全体の地図を見る →)

E-6 今やらなくて、いつやる。美容師は後回しの天才

病室に来た塚ちゃんの一言「今日の予約、全部ずらして来ました」。後回しの天才だった僕が、5年で「今やった」5つの決断と、その時の言い訳。

朝の美容室の鏡の前。手を付けられないままのコーヒー

01 「今日の予約、全部ずらして来ました」

告知から1週間後の午後、病室の扉が開きました。塚ちゃんでした。福岡から飛行機で、北の海の町まで。手には、店の近くのパン屋の袋。「三平さん、今日の予約、全部ずらして来ました」。

僕は笑ってしまいました。5年前の僕なら、1件の予約もずらせなかった。親の法事でも、腰が動かなくても、予約表が埋まっていれば店に立った。大事なことほど、後回しにしてきた。

美容師は、後回しの天才です。朝8時半のシャッターから夜11時の帰宅まで、頭の中は次の予約と月末の支払い。口座を分けること、家族とお金の話をすること、自分の体を診てもらうこと。全部「落ち着いたら」でした。

塚ちゃんは椅子に座り、パンを2つに割って、半分を僕にくれました。「三平さんが5年前に貼った付箋、まだ鏡にあります」。僕は、その付箋のことを忘れていました。予約を動かした分の売上は、戻ってきません。それでも来る、と塚ちゃんは決めたのです。

美容師は、後回しの天才だった。

あなたが「落ち着いたら」と言っている事は、何年目ですか?

02 後回しは、一番効く最後の1年を削る

後回しの代償を、僕は数字で知っています。「余ったら貯金」で、僕は8年ゼロでした。余る月は来なかった。先に未来の口座へ入れた月から、通帳は初めて増えました。順番を変えただけです。

先生は、複利を竹にたとえました。竹は地面の下が長い。植えて何年も、見える所には何も出ない。そして10年目から、急に伸びる。先生の講座の2回目です。

ここに、後回しの本当の怖さがあります。1年遅れて始めると、失うのは「最初の1年」ではありません。失うのは、一番伸びる「最後の1年」です。地面の下の年は同じだけ要るのに、伸びる年が1年減る。後回しは、お金では払えない物で払うのだと、僕は病室で知りました。

そして「投資は、始めるより続けるほうが難しい」と先生は言いました。後回しの人は、始めるのも遅く、続けるのも途切れがちです。僕がそうでした。だから僕は、判断を減らす仕組みを作りました。自動で入れて、見ない。それだけで、続きました。

後回しが削るのは、一番伸びる最後の1年。

03 中庭のベンチで、楊さんが言ったこと

病院の中庭のベンチに並んで座る2人の後ろ姿

その週の終わり、楊さんも来てくれました。看護師さんに許しをもらい、僕らは病院の中庭のベンチに座りました。大きな木の下。木漏れ日が、2人の背中に落ちていました。

楊さんは、しばらく何も言いませんでした。それから、ぽつりと言いました。「三平くん、よくやった」。僕は「何がですか」と聞きました。「全部や。1年目に財布を分けた。3年目に家を手放した。5年目に店を渡した。どれも、来年でもよかった。でも、今やった」。

僕は聞きました。「先生、僕はあと1年です。悔しくないわけがない。でも、不思議と後悔はないんです。なぜでしょう」。楊さんは木を見上げました。「後悔は、やらなかったことに残る。やったことには残らん」。

「複利の一番の敵は、待てないことやと、よく言うたな」。楊さんは続けました。「でも本当は、もう1つ敵がおる。始めないことや。三平くんは、どっちにも負けんかった」。

僕は、その言葉を病室に戻ってノートに書きました。息子に渡すノートの、最後のページです。

後悔は、やらなかったことにだけ残る。

04 僕が「今やった」5つの決断と、その時の言い訳

三平が「今やった」5つの決断(財布を分ける・先に未来の口座へ・家と車を手放す・最初の100万円・店を渡す)と、その時の言い訳と、やったから分かったこと

病室で、5つの決断を表にしました。決断と、その時に頭にあった言い訳と、やったから分かったこと。どの言い訳も、もっともらしかった。だから書いておきます。あなたの頭にも、同じ言い訳があるはずだからです。

1年目、財布を分ける。言い訳は「忙しい。来月やる」。2年目、先に未来の口座へ。言い訳は「余ったらやる」。3年目、家と車を手放す。言い訳は「相場がもっと上がってから」。4年目、最初の100万円。言い訳は「もう少し勉強してから」。5年目、店を渡す。言い訳は「60歳までは立てる」。

右の列を見てください。分けた夜に数字が見えた。余る月は8年来なかった。「その時」は来なかった。手が震えても入れたから分かった。渡した翌月、海を見た。どれも、やる前には分からなかったことです。

言い訳は、やる前にしか言えません。やったあとには、言い訳の席が消えています。5つの言い訳を全部言い切っていたら、この表の右の列は、空白のままでした。あなたの言い訳が、この5つのどれかと同じなら、その決断は、たぶん今やるべき決断です。

言い訳の席は、やったあとには消えている。

05 鏡の付箋と、最後の手紙の一行

美容室の鏡に黄色い付箋を貼る手元

塚ちゃんが言った付箋を、僕は思い出しました。5年前、楊さんと出会った年。店の鏡の端に、黄色い付箋を1枚貼りました。書いたのは4文字だけ。「今日やる」。

口座を分けた日も、税理士に電話した日も、家の査定を頼んだ日も、その付箋を見てから電話をかけました。後回しの天才だった僕に必要だったのは、意志ではなく、目に入る所に貼った4文字でした。付箋は、意志の弱い人のための道具です。僕のことです。

塚ちゃんは「はがさずに、そのまま使っています」と言いました。塚ちゃんの店の鏡には今、付箋が2枚あるそうです。僕の4文字と、塚ちゃんが足した1枚。「2号店」。

妻と息子への手紙の最後に、僕は一行を足しました。「無理してでも、今やれ。僕は、あの時やってよかった」。格好いい言葉ではありません。でも、病室で一番本当の言葉でした。

無理してでも、今やれ。あの時やってよかった。

06 今日やること:後回しの1つを、付箋に書いて鏡に貼る

今日やることは、1つだけです。「落ち着いたら」と言い続けている事を1つ選んで、付箋に書き、鏡に貼ってください。 書くのは、その事と、今日の日付だけです。

落ち着く日は来ません。予約表は、来月も埋まります。だから、埋まったままで、やる。今やらなくて、いつやる。僕の5年は、鏡の付箋から始まりました。

次の話は、最終回、E-7「三平さん、お疲れさまでした」です。語るのは、僕ではありません。妻と、塚ちゃんです。

いつやる、の答えは今日しかない。

情報元

  • 講座 第2回「複利・竹は地面の下が長い」・第10回「投資は始めるより続けるほうが難しい・人間の判断を減らす」(講義ノートより)
  • 「余ったら貯金」で8年ゼロ | 2-2の三平の場合

※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)
病気の描写は物語で、治療・医療の助言は含みません。体の不調は医療機関にご相談ください。