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この話は、三平の2年目の話です(全体の地図を見る →)

第2部 2年目 財布と会社を整える 第3話

自分の給料を上げたら、お金が減った話

店を会社にした夏、僕は役員報酬を10万円上げた。3か月後、会社の口座が減っていた。楊さんの質問は「その会社、誰のもの?」。個人と会社で変わる物を、1枚の表に。

白い紙の上の、真新しい会社の印鑑

01 会社にした夏、僕は給料を10万円上げた

2年目の夏、三平美容室は、株式会社になりました。楊さんに勧められ、税理士と何度か相談して決めたことでした。登記が終わった日、僕は机の上の真新しい印鑑を、しばらく眺めていました。

会社になると、自分の取り分は「役員報酬」という名前になります。毎月いくらにするか、年度の初めに決める。税理士からそう聞いたとき、僕の頭に浮かんだのは、1つだけでした。「会社にしたんだから、少し上げよう」。

個人の店だった去年まで、僕の取り分は月40万円。それを、月50万円にしました。税理士は「少し様子を見ませんか」と言いましたが、僕は押し切りました。8年がんばった自分への、ご褒美のつもりでした。

3か月後、会社の口座を見て、僕は固まりました。減っている。売上は変わっていないのに、会社に残るお金が、個人の店だった頃より明らかに少なかったのです。

給料を上げたら、会社のお金が減った。

もしあなたが会社を作ったら、最初の役員報酬を、いくらにしますか?

02 報酬を上げると、増える物が2つある

あとで税理士に教わった仕組みを、一般論として書きます。役員報酬を上げると、増える物が2つあります。1つ目は、自分の税金。報酬が増えるほど、所得税と住民税は増えます。

2つ目は、社会保険料です。会社になると、厚生年金と健康保険に、会社として入ります。保険料は会社と本人で分けて払い、報酬が上がるほど、両方の負担が増えます。つまり、報酬を10万円上げても、僕の手取りは10万円増えない。そして会社からは、10万円より多く出ていく。

もう1つ、僕が知らなかった決まりがあります。役員報酬は、年度の初めに決めたら、途中で勝手に増やしたり減らしたりしない決まりがある。「様子を見て下げる」は、簡単ではなかったのです。

どこまで上げると全体で損になるかは、人によって違います。だから税理士は「様子を見ませんか」と言ったのでした。僕は、その言葉の意味を、3か月分の数字で学びました。

上げた10万円は、手取りにならなかった。

03 楊さんの質問「その会社、誰のもの?」

明るい事務所の机。向かいに座る三平の背中と、書類を指す手

秋の始め、楊さんの事務所で、僕は会社の通帳を見せました。「報酬を上げたら、会社が貧乏になりました」。楊さんは笑わずに、1つ質問をしました。「三平くん、その会社は誰のもの?」

「僕のものです」。そう答えると、楊さんは首を振りました。「会社は、別の人格だよ。会社のお金は会社のもの。三平くんのお金は三平くんのもの。去年、口座を3つに分けたでしょう。会社にするというのは、その線を法律で引くことなんだ」。

そして、こう続けました。「頑張っているけれど貧乏な経営者が、一番多い。その人たちの多くは、報酬を取りすぎて、会社を痩せさせている。会社が痩せると、借りられない、備えられない、スタッフに払えない」。

「報酬は欲張らない。自分の生活に必要な分だけ取って、残りは会社に置いておく。会社が太れば、次の年に設備も買えるし、三平くんが倒れた月もスタッフの給料が出せる。自分の財布より、会社の財布を先に太らせなさい」。

僕は、会社を「大きな自分の財布」だと思っていました。違いました。会社は、僕とスタッフと家族を守る、別の人格でした。

会社は、大きな自分の財布ではない。

04 個人の店と、会社の店で、変わる物

税理士と楊さんに教わったことを、1枚の表にしました。個人の店と、会社にした店で、何が変わるか。税額や保険料の数字は、人によって違うので書きません。変わる「物」だけを、一般論として並べます。

個人の店と会社にした店で変わる物の表:お金の持ち主・自分の取り分・税金・社会保険・退職金・手続き

一番大きいのは、「お金の持ち主」の行です。個人の店では、店のお金は自分のお金でした。会社では、会社のお金と自分のお金は別の人格のもの。会社の口座から勝手に生活費を出すことは、できなくなります。

「自分の取り分」の行も変わります。個人の店では、生活費を好きなときに出せました。会社では、毎月決まった額を、年度の初めに決めて受け取る。だから、最初に決める額が大事なのです。

そして「退職金」の行。個人の店では、退職金は自分で貯めるしかありませんでした。会社なら、会社から退職金を出す仕組みを、先に作っておける。国民年金だけだった去年の僕には、ここが一番大きな変化でした。

表の右の列には、手続きが増える、という現実もあります。決算、登記、社会保険の届け出。僕はこれを、税理士と社会保険労務士に任せることにしました。自分でやろうとして店に立てなくなったら、本末転倒です。

変わるのは、お金の持ち主。

05 次の年度、僕は報酬を下げた

美容室の奥の棚に置かれた、白い貯金箱

次の年度の初め、僕は税理士と一緒に、役員報酬を決め直しました。生活に本当に必要な額を、妻と計算しました。家のローン、学費、食費、先に入れる5万円。出た答えは、月50万円ではなく、もっと下でした。

報酬を下げた分、会社に残るお金が増えました。僕はそれを、3つに分けて考えることにしました。来年の税金の分。設備と薬剤の備え。そして、僕が倒れた月のスタッフの給料の分です。

塚ちゃんが、ある日聞いてきました。「社長、給料下げて大丈夫なんですか」。僕は、会社の通帳を見せました。「ここが太ると、君たちの給料が止まらない。僕の財布が太るより、こっちが先なんだ」。塚ちゃんは、少し驚いた顔をしていました。

妻にも、会社の数字を見せました。妻は「会社のお金は、あなたのお金じゃないのね」と言いました。そのとおりでした。その線を引いた日から、僕の通帳と会社の通帳は、別の物になりました。

僕の財布より、会社の財布が先。

06 今日やること:生活に必要な額を、1枚の紙に

今日やることは、1つだけです。自分の生活に本当に必要な月の額を、1枚の紙に書いてください。 ローン、学費、食費、先に入れる分。足した数字が、あなたの取り分の目安です。

もし今、取り分が「なんとなく」で決まっているなら、その紙を持って税理士に会ってください。会社にするかどうかは、その先の話です。会社にする・しないに関わらず、取り分を「必要な額」で決めると、店に残るお金が変わります。

次の話は、2-4「節税の裏ワザより先に、やることがあった」です。会社にした僕が、次にやったのは節税の裏ワザ探しでした。楊さんの答えは、裏ワザではありませんでした。

取り分は、欲ではなく、必要な額で。

情報元

  • 講座 第14回「会社・生活・納税が1つの財布」「頑張っているけれど貧乏な経営者が一番多い」(講義ノートより)
  • 講座 第3回「資産にはそれぞれ役割がある」(講義ノートより)

※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)