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この話は、三平の4年目の話です(全体の地図を見る →)

第4部 4年目 要らんことせんの投資 第1話

投資は怖い。でも貯金のほうが、怖かった

1,000万円を前に、1円も動かせない。「投資」と聞くたび志波さんの声がした。楊さんがノートに引いた2本の線。売買する投資と、寝かせて生む投資。僕が失ったのは、どっちだったか。

閉店後の店。鏡に向かって椅子に座る三平の後ろ姿

01 閉店後、自分の店の椅子に座って

4年目の1月。最後のお客様を見送り、床を掃いたあと、僕は自分の店の椅子に座りました。お客様が座る、あの椅子です。鏡の中に、45歳の男がいました。

未来の口座には、約1,000万円があります。楊さんには「4年目は育てる年」と言われています。大晦日に妻に「お金に働いてもらう」と言ったのも、僕です。それなのに、手が動きませんでした。

理由は、分かっていました。「投資」という言葉を聞くたびに、志波さんの声が頭の中で再生されるのです。「月5%、毎月お受け取りいただけます」。柴先生の手紙の字。最初の2か月に振り込まれた配当。そして、秋につながらなくなった電話。

1年目に失った300万円は、店のお金でした。あの時の「お金がない」の感覚は、3年たっても体に残っています。鏡の中の男は、1,000万円を持ったまま、1円も動かせずにいました。

「投資」と聞くたび、志波さんの声がした。

あなたは「投資」と聞いて、最初に何が浮かびますか?

02 貯金のまま置くと、何が起きるか

動けない僕に、楊さんは怒りませんでした。代わりに「じゃあ、貯金のまま置いたら、どうなるか数えてみよう」と言いました。数えてみて、僕は投資より貯金のほうが怖くなりました。

1つ目。貯金は、使うと減ります。そして、生みません。1,000万円を老後に年200万円ずつ使えば、5年でなくなります。僕の通帳の利息は、年に数百円でした。

2つ目。僕の貯金は、僕の体に縛られています。未来の口座に毎月8万円を入れられるのは、僕が店に立てる間だけです。腰が止まれば、入金も止まる。貯金は、僕が働き続けることを前提にした仕組みでした。

3つ目。国民年金は、満額でも月69,308円です(2025年度)。年に約83万円。貯金を取り崩す老後は、この数字の上に、減っていく通帳を重ねる老後でした。

そして4つ目。過去の記録です。金融庁の資料では、1985年以降のどの年に始めても、国内外の株式と債券へ毎月積み立てて20年持つと、年率は2〜8%に収まっていました。通帳の数百円と、この数字を並べたとき、僕は初めて「置いておく」ことの値段を知りました。

貯金は、使うと減る。そして、生まない。

03 ノートに引かれた、2本の線

カフェのテーブル。ノートに2本の線を描く楊さんの手元と、三平の手

定休日の午後、楊さんとカフェで会いました。僕は正直に言いました。「怖いんです。300万円を、投資で失ったから」。

楊さんは首を振りました。「三平さんが失ったのは、投資で失ったんやない。『僕が売買で増やします』という他人の話に乗って失ったんよ」。そして、ノートを開いて、2本の線を引きました。1本は、上がったり下がったりするギザギザの線。もう1本は、ゆるやかに右へ上がっていく線。

「投資は2種類ある。1つは、売買する投資。安い時に買って高い時に売る。これは1日中、値段を見ていられる人の仕事。講座で言うたやろ、素人は上がったら買い、下がったら売る。三平さんは朝から夜までハサミを握っとる。できるわけがない」。

「もう1つは、寝かせて生む投資。市場の平均を買って、持っとくだけ。何もせん。だから誰でもできる。ただし、待てる人だけ」。楊さんはギザギザの線を指して言いました。「志波さんの話は、こっち。しかも他人がやる、こっち」。

僕は、3年間ずっと、2本の線を1本だと思っていたのです。楊さんは最後に、1年目に聞いた言葉をもう一度言いました。「投資は、人生をハッピーにする手段。怖がらせる物やない」。

300万円を奪ったのは投資ではなく、他人の話だった。

04 2種類の投資を、表で答え合わせ

楊さんの2本の線を、家に帰って表にしました。左が売買する投資、右が寝かせて生む投資です。

投資は2種類あった:売買する投資(安い時に買い高い時に売る・時間と知識と判断と運が要る・素人は上がったら買い下がったら売る・1日中値段を見ていられる人向き・志波ファンドはこちら)と、寝かせて生む投資(市場の平均を買って持ち続ける・続ける仕組みと待てる心・何もしないから間違えにくい・朝から夜まで店に立つ人向き)

左は、職人の仕事です。時間と知識と、毎日の判断と、運が要ります。僕には、そのどれもありません。右は、待つ仕事です。市場の平均を買って持ち続ける。要るのは、続ける仕組みと、待てる心だけ。

ただし、右にも下がる年はあります。アメリカの代表的な500社の平均は、過去に何度も半分近くまで下がりました。それでも1957年から2025年まで、配当を含めた年平均は約10%でした(米ドル建て・税引き前)。「毎年10%」ではなく、下がる年を全部含めた長い平均です。この話は、4-6と4-7でくわしく書きます。

そして、志波ファンドは左の、さらに他人任せの形でした。「売買で増やします」「毎月5%」「元本は守ります」。今なら分かります。右の投資は、毎月の配当も、元本の約束も、言いません。言わないことが、本物の印でした。

売買は職人の仕事。寝かせるのは、待つ仕事。

05 「僕がやらないこと」を、先に書いた

閉じたノートに置かれた手と、ペン

その夜、ノートに「僕がやらないこと」を3つ書きました。売買しない。他人に運用を任せない。値段を当てようとしない。やることより先に、やらないことを決めたのは、志波ファンドの時に、やることしか見ていなかったからです。

それから、押し入れの箱から志波ファンドの書類を出しました。3年ぶりでした。「月5%」「元本保証」「ご紹介で紹介料」。左の表に当てはまる言葉に、赤い印を付けました。全部に、付きました。

妻にノートを見せました。妻は聞きました。「じゃあ、前と何が違うの?」。僕は答えました。「前は、他人が売り買いして増やすという話だった。今度は、僕が何もしない話」。妻はしばらく考えて、言いました。「何もしないなら、私にもできるね」。この一言が、ずっとあとで大きな意味を持つのですが、それはまだ先の話です。

もう1つ。これから口座を開く先は、金融庁の登録一覧で確かめると決めました。志波さんの名前は、どこにもありませんでした。3年前に、1分で調べられたことでした。

他人が売買する話と、僕が何もしない話。

06 今日やること:浮かんだ「投資」に、○を付ける

今日やることは、1つだけです。「投資」と聞いてあなたに浮かんだ物を1つ書き、上の表のどちらの列に入るか、○を付けてください。 知人にすすめられた話でも、銀行で聞いた商品でも、ニュースで見た物でも構いません。

左に○が付いたなら、それはあなたが怖がって正しい物です。右に○が付いたなら、怖さの正体は、左の記憶かもしれません。僕がそうでした。2本の線を1本だと思っている間は、1円も動かせません。

次の話は、4-2「要らんことせん。それが僕の投資術」です。楊さんが福岡弁で教えてくれた、僕にもできる投資の、たった1つのやり方です。

浮かんだ「投資」は、どっちの列か。

情報元

  • 国民年金の満額 月69,308円 | 日本年金機構・2025年度
  • 20年の積立で年率2〜8%に収れん | 金融庁「つみたてNISA早わかりガイドブック」の図「資産・地域を分散した積立投資の運用成果の実績」(1985年以降・円建て・毎月積立)
  • S&P500の年平均リターン 約10%(配当込み・米ドル建て・税引き前・1957〜2025年末) | S&P Dow Jones Indices のデータをもとにした計算(DQYDJ/OfficialData)
  • 講座 第2回「素人は上がったら買い、下がったら売る」・第5回「インデックス=市場の平均点」・第1回「投資は人生をハッピーにする手段」(講義ノートより)

※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)
投資の話で「元本保証」「月◯%」「紹介料」が出てきたら、金融庁の登録一覧で業者を確かめてください。