第4部 4年目 要らんことせんの投資 第10話
震える手で、最初の100万円を入れた日
未来の口座の約1,000万円から、100万円だけ。志波ファンドの時は震えなかった手が、今度は震えた。分かって入れる怖さと、小さな一歩の話。

01 夜の台所で、ボタンの前に30分
4年目の初夏、夜11時の台所です。店から帰って、妻と息子が寝たあと、僕はノートパソコンを開きました。画面には、口座を開いたばかりの業者の、入金の画面。
入れる額は、決めていました。未来の口座にある約1,000万円のうち、100万円だけ。入れる先も決めていました。アメリカの代表的な500社の平均に連動する、手数料の低い物。1本だけ。
それなのに、指が動きませんでした。マウスの上に手を置いたまま、30分。コーヒーが冷めました。台所の時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえました。手が、小さく震えていました。
おかしな話です。志波ファンドに300万円を入れた時、僕の手は震えませんでした。信じ切っていたからです。今度は、中身を分かっている。分かっているから、怖かった。下がる年があることも、半分になった記録も、僕はもう知っていました。知っているから、指が止まったのです。
分かっていなかった時は、震えなかった。
あなたなら、最初の金額を、いくらにしますか?
02 「分かった」と「やった」の間に、川がある
講座を8回聞いて、手数料も、暴落の歴史も、プロの8割が平均に負けることも、僕は知っていました。でも知っているだけなら、僕の口座は現金のままです。
現金のままだと、どうなるか。4-4で学んだとおり、物の値段が上がる分だけ、同じ1,000万円で買える物が減っていきます。何もしないことも1つの選択で、その選択にも値段がある。
お金を入れない理由は、いくらでも作れます。今は高い気がする、来月のほうがいい、もう少し勉強してから。僕は4年目の春まで、その全部を使いました。
逆に、焦って「一気に全部」も危ない。下がった月に、耐えられなくなる。50%下がると、戻すには100%増やす必要がある。講座で何度も聞いた数字が、頭の中で回っていました。
だから楊さんは「まず小さく」と言ったのです。分かったとやったの間にある川を、100万円という小さな橋で渡る。渡ってみて初めて、「素人でもできる」が自分の言葉になる。
知っているだけなら、口座は現金のまま。
03 川沿いの道で、「1本でいい」

入れる前の週、僕は楊さんと川沿いを歩きました。歩きながら聞きました。「本当に、1本でいいんですか。もっと分けたほうが」。
楊さんは笑いました。「ビジネスは集中、投資は分散。でもね、市場の平均は、それ1本の中に何百社も入っている。もう分散されているんだよ。お金が少ない人は、1本でいい」。
「三平くんが店で30種類の薬剤を使い分けるのは、仕事。でも投資で30本を使い分けるのは、要らんこと。1本で、何百社。それで足りる」。
「志波ファンドと、何が違うか分かる?」楊さんは指を折りました。「業者が登録されている。指数が毎日公開されている。約束の数字がない。紹介料がない。そして、三平くんがやることは、何もない」。
「最後に1つだけ聞くよ。この100万円は、5年10年、放置できるお金?」僕は少し考えて答えました。「放置できます。生活費の6か月分は、別に置いてあります」。楊さんはうなずきました。「なら、要らんことせん。入れて、忘れなさい」。
1本の中に、もう何百社が入っている。
04 志波ファンドと、何が違ったか
入れる前に、僕はノートに比べ表を書きました。同じ「投資」という言葉で、僕が300万円を失った物と、これから100万円を入れる物が、どう違うのか。

志波ファンドは、志波さん1人を信じる投資でした。金融庁の登録はなく、報告書も来ず、月5%と元本保証と紹介料がありました。僕がやることは、信じて待つこと。
市場の平均は、何百社の仕組みを信じる投資です。登録された業者で、自分で口座を開く。指数の値は毎日、誰にでも公開される。約束はなく、下がる年もある。僕がやることは、何もしない。
人を信じる投資と、仕組みを信じる投資。表にして初めて、僕は「投資が怖かった」のではなく、「人を信じる投資が怖かった」のだと分かりました。
もう1つ、大きな違いがありました。志波ファンドには「紹介してくれた人」がいました。市場の平均には、誰もいません。紹介者がいる話は、紹介者にまずメリットがある。講座の第13回の言葉が、表の一番下に残りました。
怖かったのは、人を信じる投資のほうだった。
05 翌朝、アプリを消した

夜11時40分、僕はボタンを押しました。画面が切り替わって、それで終わり。花火も、音もありません。拍子抜けするほど、静かでした。震えていた手は、押したあと、不思議と止まりました。怖さは、押す前にだけあったのです。
翌朝、僕は2つのことをしました。1つ目、スマホから、口座の残高が見えるアプリを消しました。毎日見ると、要らんことをしたくなるからです。見るのは、月1回の発表会の日だけ。
2つ目、ノートに日付と金額を書き、その横に「5年10年、放置」と書きました。妻は朝ごはんの席で聞きました。「で、増えたの?」。僕は答えました。「分からない。見ないって決めた」。妻は少し変な顔をして、それから笑いました。
塚ちゃんにこの話をしたら、「僕も1万円からやってみようかな」と言いました。僕は「やり方は教える。やるかどうかは自分で決めて」とだけ答えました。勧めるのは、ここまでです。
増えたかどうかは、見ないと決めた。
06 今日やること:「放置できる額」を、1つ書く
今日やることは、1つだけです。未来の口座の残高を見て、「5年10年、放置できる額」を1つ書いてください。 入れるかどうかは、今日は決めなくて構いません。
書き方は簡単です。残高から、生活費の6か月分と、1年以内に使う予定のお金を引く。残った額の中から、「半分になっても暮らしが変わらない額」を選ぶ。僕の場合は、それが100万円でした。
その額が1万円でも、書いた人と書いていない人には、川1本分の差があります。僕はその川を渡るのに、4年かかりました。
入れる先の選び方も、売り買いの時期も、ここには書きません。僕が書けるのは、「小さく始めた」という順番だけです。
次の話は、4-11「もっと早く知りたかった。複利は10年目から化ける」です。100万円を入れた僕が、計算してため息をついた夜の話です。
半分になっても暮らしが変わらない額から。
情報元
- 講座 第6回「お金が少ない人はインデックス1本で十分」・第11回「このお金は5年10年放置できるお金か」・第13回「ビジネスは集中、投資は分散」「知人の紹介は、紹介者にまずメリットがある」・第1回「50%下がると戻すのに100%要る」(講義ノートより)
- 業者の確認 | 金融庁「免許・許可・登録等を受けている業者一覧」
※ この物語はフィクションです。数字は試算で、将来の結果を約束するものではありません(くわしくは「この連載について」)
投資の話で「元本保証」「月◯%」「紹介料」が出てきたら、金融庁の登録一覧で業者を確かめてください。



